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無料カウンター しかしてきぼうせよ。 こころを、てのひらで。「北大交響楽団卒業演奏会」
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こころを、てのひらで。「北大交響楽団卒業演奏会」
2006/03/07(Tue)
※書き直す可能性あり。

生の演奏を聴いて、こころを「つつかれる」、とか
こころをつかまれる、とか、
こころがうごく、とか
そう思ったことは多いと思います。
自分が過去に演奏活動を持ち、さらに途中で放棄したせいか、
演奏を聴くことは、必ず何らかの強い感情を伴います。

今回の演奏会は、どん、と掌で叩かれた気がしました。

例えば、ホルンを20本ほども揃えたアンサンブル。
ビジュアルだけでなく、圧倒される音の重なり。
例えば、ベートーベンのヴァイオリンコンチェルト。
一人のソロの為に、全員が無駄のない演奏をする。
ピチカートで際立つ、一瞬の静寂の美しさ。
「ああ、空白を『演奏する』こともできるんだ」
と、本人達が聴いたら「当たり前じゃん」と言われそうな感想。

今までで一番強く、「ベートーベンって、良いんだ」と思えた。
そう思える演奏って、そうそう無いと思う。

アンサンブルも、オーケストラも、
この日の為にやってきた、がんばるぞ、という勢いが感じられて、
それは純粋に、とてもどきどきするものだった。
特に6日は途中から疲れてしまったけど、
最後のフランクまで聴くことができて良かったと思う。
演奏を聴くたび、もう一度吹きたいと思うのだけど、
私は「人に聴かせる」演奏など、できないとも思ってしまう。
それは、技術面ではなく、精神面での問題で。
私が欲しいのは集団での立ち位置であり、友人であり、
彼らのような音楽性なんてどこにもない、と思えば、
冷静になれる。

私が吹く場所など、限られている。
楽器を売ることができないくせに、気位だけは高い。
大変なご主人様にあたってしまったね、君。
君はどこかに行きたいかい?
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