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無料カウンター しかしてきぼうせよ。 嫌いな人と縁を切る。
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嫌いな人と縁を切る。
2005/10/16(Sun)
人間として魅力的だろうし、話していて楽しいのだが、時々「あれ?」と思うことがあって、言ってみたら怒り出して(向こうは怒っているつもりはなかったかも)、なぜかそれがとても不愉快で、後に残る。

そもそも出会った最初からボタンが掛け違っていたのかもしれない。
彼は私によく注意した。そんな人間じゃ世間で生きていけない、という類のこと。たぶん理にかなったことだった。私は理解しつつも反論した。そしてお互い不愉快になった。

悪い人ではなかったので、嫌だと思う自分がだめなのだろうか、この「嫌」は一時の感情なのだろうか、相手の「注意」を聞き入れるようにすべきだろうか、なんてことを考えていた。

途中からは、しぶしぶ納得するようにした。この人と言い争うのは時間と感情の無駄だと思ったから。でもストレスはたまった。さらに時間がたつと、「なんか言うてるわ」と思うことにして聞き流すようになった。そして平穏にその場をやり過ごした。

彼はよく頼みごとをした。私に頼むと都合がいい、ということ。
私は少しは善意でやっていたかもしれないが、とりあえず聞いてあげたら文句言われないし、丸くおさまるだろう、という意図から、できる範囲で承諾していた。それでも、逸脱したことを言ったら怒ってしまったのだけど。

私が機嫌がいいときは、メールも返したし、会話もテンポ良く進んだし、頼まれたら言うことを聞いた。機嫌が悪いときは、私も、そして私の不機嫌を感じた相手も嫌な気分になるだろうから、できるだけ反応しないように、会わないようにした。
向こうからすれば、一貫してメールを返さなければ、または会わなければ、対応の仕方もあっただろうが、私が機嫌がいいときは「返してあげるか」とメールを返すから、基本的に嫌われていない、と思っていただろうか。

私も、嫌いにならないですむなら嫌いになりたくなかった、のかもしれない。嫌いだったけど、周りにいないタイプの人間だったから。だからたまにはメールをしたのだろう。会うこともできたのだろう。
色々なことがあり、色々と考え、たとえいい人でも、やはり私はあの人が嫌いだ、デメリットをなくすために、縁を切ろう、と結論づけた。


言いたいことは大体言えた、と思う。「文句言われないために言うことを聞いていた」という言葉に相当ショックを受けていたようだ。
今回の件は、どう考えても私が悪かった。私の気分によって180度変わる態度が、話をややこしくしていたのだから。嫌いという態度を一貫してとっていれば、相手ももう少しやりようがあっただろう。
私は人間として未熟だろう。すぐ怒るし、すぐ怠けるし、そのくせ口だけは達者で、人から何か言われると、むくれてしまう。自分が世界の中心にいるかのような態度をとってしまう。(彼はそんな性格を直そうとしてくれていたのだと思う。)

この件を100人が見たら、99人は彼に味方しただろう。全員かもしれない。私はそれでも彼と縁を切りたかった。罵られても、私が人として未熟でも、私は私の平和を守りたかった。
「あなたは悪くない」と言おうとしてしまう自分は、どうしても自分を正当化したかったのだろうか。「嫌いになりたくなかった」なんて、ただの偽善にも聞こえる。
彼の一言に「その解釈は正しくない」と言ってしまい、そして気づく。やるべきは正しさを伝えることではない。縁を切ることだ。誤解されてもかまわないはずだ。もし、向こうの解釈が正しかったとしても、私がそれを聞き入れられないなら、同じことだ。

出会った最初から最後まで、ずっと彼が発していたメッセージ。
「お前は、イエスマンしか欲しくないんだろう」
この言葉が重くのしかかる。


彼以外の人が言ったら、私は理解できただろうか。改善しただろうか。
あのひとに会いたくなったけど、やめた。連絡をとらなくなって、3ヶ月ほど。
ただの意地だ。何の意地かは自分でもわからない。
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