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無料カウンター しかしてきぼうせよ。 二十歳の原点。
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二十歳の原点。
2005/10/27(Thu)
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先日の後輩の悩みを聞いて、ふと思いついた単語、ということで、再読。

学生運動があった頃の、京都の学生さんの日記。二十歳の誕生日から、自殺する直前までの半年間が綴られている。

初めて読んだのは、大学に入りたての頃。学生運動についてほとんど知識が無く、書いてあることがよくわからなくて、時々言葉が壊れる(と私は感じた)「悦子」が怖かった記憶がある。

もう一度読んでみたが、やはり知識がついていかなかった(父親から話を聞いたり、大学にわずかに存在する「運動」の名残を感じたり、ぐらいしか増えていない)。

でも、彼女が学生運動に対して醒めた目をしていたり、何かを求めて動き出したり、親の仕送りに頼らないようにしたり、恋に苦しんだり、友人を遠ざけたり、という感情の揺れ動く様を読み、なんとなく胸にくるものがありました。

印象に残った言葉を2つほど。

「大事なことは、『私』がどう感じ、どう考えたかということではないのか」

「私は外側のものに対しては決して負けはしないだろう。しかし、自己を支えているものが動揺し、内部のもの自体に不確実さ、非現実を感じると、どうにもならなくなる。」

昔と今で感想が全く違うのは、私自身が、大学生活を通じ、考え、悩んだ経験が、本に反映されたからかな、と感じる。

でも、どうして自殺までしたんだろう。失恋、孤独感を通じて、結局私は一人ぼっち、という境地が彼女をそうさせたのだろうか(評論をざっと読むとそんな意見があった)。日記からは、私は何も読み取れなかった。まだまだ修業が足りない。

「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」

昔と今では、原点は変わったかもしれない、でも、重なる部分はあると思う。



私がこの言葉を思いついたのは偶然ではない。数ヶ月前、私の大好きな『神戸在住』(木村紺)という漫画に、この本が登場していた。

読め、って誰か言ったのかしら。
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