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行為。
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2007/03/01(Thu)
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私達の関係に恋だの愛だのの名前がなくて済んでいた頃
「愛情を持って抱いてください」と言って私は泣いたことがある。 あのひとならそうしてくれると本能で「わかって」いたからだ。 ある時期、私には行為しか必要ないと思っていたけど、 それは全くの勘違いだと、言った瞬間理解した。 行為を求むことと、親愛の情が、私にとって等価だった。 それは恋愛関係と呼べるものでなくても。 むしろ、そうでないからこそ、尊いときもあるだろう。 やさしかった。 その時と同じ相手から、私は何をされたんだろう。 体の上を滑り落ちていくような感覚。 何かがぴったりとおさまっているように満足だったのに そうであればあるほど、心の中に深い穴が見えた気がした。 冷静でいようとした。 感覚に没頭しないように、ネックレスは付けておいた。 自分が何をしているか、言葉で自覚しようとした。 あとで、消された日記を思い出した。 そうか。 「利用されないか」と言ったとき 目的を吐露されたとき 私は断るべきだったのかもしれない。 もしくは、もっと考えてから承諾すべきだったのかもしれない。 一瞬躊躇して、でも断らなかった。 何を考えていいかわからなかった。 手段として私に価値があるなら それでこのひとに何か得られるなら、それでよかった、はずだった。 試されたんだろうか。 大事にしなくていいもの、モノとして扱えるものとして 認識されたんだろうか。 私はそれが不満なんだろうか。 何も感じなかった。 「自分を大事にしなさい」と言ってくれた人がいる 「誰でもいいなんて言ってたら、きっとあなたは目茶苦茶にされる」と。 もう遅いかもしれない。 今すでに、そう言ってくれた人に もう一度会いたいと思いつつ、会わない方がいいと思い始めている。 何せ、恋に落ちるわけにはいかない相手だ。 |
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