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もちものをかえる。
2006/10/18(Wed)
大切な人をうしなった、と感じたとき、
それに向かい合えなくて、そこから逃げたいとき、
その時自分のそばにあったものを、取り替えるのは、有効だと思う。
たとえ、そのものに、その人との思い出が無くても。

3ヶ月ほど前、家にあった食器を、ほとんど処分した。
あのひとが使ったこともある。
その器を見るたび、あのひととふかく関わった自分を思い出した。
それは、具体的な記憶としてではなく、感覚的なものとして。
その感覚とともに生きることができなかった。

今、食器棚には、別の器が並びつつある。
百円ショップで、お手軽に、ではなく、
好きなインテリアショップで買うようにしてる(高い)ので、
なかなか増えないけれど。


今日、ホームセンターへ行った。
目的は別のものだったけど、
バスタオルが安く売られていたので、思わず2種類買った。
緑と青。
柄もアクセントもない、シンプルなものだけど、
気持ちを変えるには十分だ。

家にあったバスタオルたちを、一気に処分した。4枚とも。
どれもこれも、3年から、4年、ずっと使っていたものだ。
まだ使えるだろうし、もったいないのだけど。

あのひとといたころ、あのひとがいなくなったころ、
もういちどあえたとき、こころがつながったと思えた瞬間、
そしてもういちどはなれてしまったとき、
それでも会ってしまったとき、
いちばん酷い方法で傷つけてしまったとき、もう一度、経験した破綻。


毎日使うものは、少し前に居た自分と、
今の自分を容赦なく繋げてしまう。
ただ他の人を好きになるだけでは、断てない。

今日は、夜に、お風呂に入ろう。
そして、新しいタオルに触ろう。きっと気持ちいい。
そもそも、彼のことを好きなのかどうかも、
もう自分ではわからない。

わかっているのは、自分の中で
あのひとの存在が大きすぎる、ということ

そして、大きな存在すら、
私は雑に扱ってしまった、ということ。

さて
どう生きる?
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