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ひとりよがり。
2006/07/31(Mon)
「…私は『メッセージを発信する』という行為において、
 最優先に配慮すべきことは、
 そのメッセージが『正しい』ことではなく『聞き手に届く』ことだと思う」
(内田樹『子どもは判ってくれない』より)

彼女の記事でこの言葉に触れて、この本を、いつか読もうと決めました。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

自分の言葉が独りよがりである可能性は考えないのか。

と言われて、

そういうことを考えさせられるのはいつも、あのひとと話すとき。
と気づいた。

私は一人で話している。
相手を、それにつき合わせている。
私は自分の言葉を(それだって、
きっと誰かから借りてきた「わかったような」言葉だけど)
つむぐのに必死で
相手に届いているかどうかなんて、構いもしない。

私が何を思うかは、私の自由だけど
それを相手に言ったらどういう反応になるか、そこまで考えない。
自分の思う言葉は外に出した瞬間、相手のものになる。
危険だ。

こうやって書いてることも、
誰に、何を伝えたいのか、正直わかってない。
自分でも、まるでまとまってないことは、判ってる。

言葉にすることでなんとか整理しようとするけど
それだって結局は自分を正当化する作業ではないかと
自分を卑下せずにいられない。

大事なのは、相手の気持ちだというのに。

言葉は信用できない、と思う瞬間が増えた。
それでも使わざるをえない。
私があのひとのみならず、友人達に対しても怯えてしまって
この口を閉ざしてしまえば、
コミュニケーションを自分から放棄してしまうことになる。

それは嫌だ。
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