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無料カウンター しかしてきぼうせよ。 もしもう一度恋をするなら。
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もしもう一度恋をするなら。
2006/07/16(Sun)
私の気持ちは、マグカップに染み付いたコーヒーの跡のようで、
こびりついていると言えるかもしれない。
あきらめるとか、想い続けるとか、
そういう選択肢から遠いところ、隅っこに転がしているようだ。
望んで、そうしている。恋愛と執着は、紙一重だ。私にとって。

おそらく何年かたてば、そんなこともありました、と言って
懐かしく思い出したり、当人同士笑いあったり、
お互いの幸福を素直に喜んだりするのだろう。
そんなものいらない、と現在思ったところで未来は優しく、残酷だ。








じゃあ、少し時間がたてば、
もしくは私が知らない場所に住まうことになれば、
私は誰かに恋をするだろうか、と考える。
もしくは、どんな関係を欲するのか。

あまりにも痛々しくて、そしてそれ以上に莫迦莫迦しいこと。

お互い「一番じゃない」という認識で関係を結べないだろうか。
私が相手に「二番手でいい」と言うだけではない。
私にとっても、相手は二番手以下にしか想えない。
心理的にせよ物理的にせよ、お互いを一時的に満たす、点のような関係。

もしくは、先が見えている関係。
始まりに理由はなくとも、経過と終わりはとても綺麗に予想できて、
その通りに求めて、求められて、静かに終わるような。
終えるために続ける関係は、とても綺麗に見える。



そんなことをふと思いついては、自分の痛々しさ、
というより、痛々しく見えて欲しがっているだろう無意識を嘲笑う。
都合よく相手を見つけられる魅力もないことが、
莫迦莫迦しさを際立たせる。

私の体は生きることを望んでいて、
私の心は楽しさや知的好奇心をきちんと受け止められる。

日々はとても穏やかに過ぎているのに、
どうして考えることはこんなに黒いのだろう。
四六時中こんなことを考えているわけでもないのに、
ほんの一点、
静かに、ゆっくりと、心の中のおもりが、底を求めて沈んでいく。
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