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無料カウンター しかしてきぼうせよ。 2005年08月
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面接のこと、親との差異。
2005/08/26(Fri)
明日の朝6時半には駅に行かないといけないのに、荷造りをする気になれない。で、面接対策をやっているかというと、それも遅々として進まない。

まず、明日の面接。就職の掲示板によると「内定のボーダーがすごく低い」会社。たいていの人が受かるらしい。明日が実質最終なので、心してかからねばならないのだが。

前の面接から2ヶ月ほど時間がたっている。この間に、いろんなことがあって、いろんなことを考えて、正直、この面接は気乗りしない。というより、就活自体に、開き直りつつ及び腰になっている、ように思う。

私は内定をもらえないような人間だけど、でもそれでもなんとかやっていけると思えて、自分のやりたいことが見えてきた気がして、でもそれも自信がなくて、でもとりあえず試してみたいから、自分のできる、キャリアアップになりそうな仕事でお金をためて、それから考えたい、と昨日思ったんです、なんて正直にべらべらしゃべっていいんだろうか。

言うにしても、相手にうまく伝わるように、とか、言葉を簡潔に、とかそういう「戦略」(というより礼儀・常識の範囲だと思うけど)を練る気になれない。私は自分の思うことを追うことで精一杯になってしまっている。あー、どうしよう。

面接が終われば、家に帰る。親に会う。申し訳ないし親不孝ものだけど私はこれも憂鬱だ。

ある一件があって、親は私を受け入れようとするように見えてきたけど、私はまだほんとうの気持ちを親にぶつけられないな、と思う。理解とは、たぶん、違うから。

現役でそこそこ名の通る大学に受かって、理系の院までいって、どこか安定する職業に…という夢を持っていたんだと思う。途中で娘が「文系就職」を言い出したり、「ほんとは学校なんて行ってない。」とか言い出したりして、すごく失望したんだと思う。

私にも悪いところがある。今まで、親に深い話をほとんどしなかった。考えてなかったからだが、親の前ではうまくごまかしてた。

私は経済的に親から自立したい、と思っているのに、「へんなこと」をするぐらいなら家に帰ってきて、お金なら出すから、という親。違うって、お金が欲しいんじゃないの、私は自由になりたいのに。親に食べさせてもらってることが、とてもとても恥ずかしいと思ってしまう人間に対して「それは恥ずかしくないよ」って「根本の否定」から入るのは、困るんだ。それは私を否定することだから。

親の考えているであろうことを思うたび、自分はすごく変な人間じゃないかと思えてくる。自分のことばかり考えて、親から逃げ出したいと思っていて、お金に執着している。気難しい人間。



暗い話になってしまった。

お姉ちゃんとライブに行くし、京都駅に行くのは楽しみだし、もう少し前向きに行こう。
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こころをつつかれた、とおもう。
2005/08/24(Wed)
思いがけず、1日で2つの展覧会に行くことに。

一つ目は「流行するポップ・アート」→http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/exhi/special/special_new.html

私自身は「そんなにいいもんなのかなぁ」と思っていたが、周りに興味ある人が多く、近くだし、せっかくなのでいくか…と思った次第。

美術館自体がひさしぶりで、ちょっと緊張したけど、思ったより楽しかった。ラッセンとかKAGAYAばかりでは得られないものがあったように思う。

とくにひかれたのはパトリック・コールフィールドの「灯りが点いた窓」。

シンプルだけど、いや、たぶん、シンプルだからこそ、立ち止まってしまった。ポストカードか、画集欲しいなぁと思ったけど、見つからず(洋書で出てるみたいだけどよくわからない)。もうちょっと探してみる予定。

二つ目は、イサム・ノグチ展→http://www.stv.ne.jp/event/isamu/index.html

これは前から行きたかったもの。昼に会った友人に話をすると、「じゃ、今から行くかぁ」となった。

これも良かった。彫刻は抽象的で「?」の連続だったけど、色々想像することができて、頭の運動になった。触りたくなる彫刻というのは自分にとって良い彫刻だと思うけど…触っちゃいけないんだよなぁ。

印象に残ったのは「球状」と「身ごもった鳥」。「え?それ、鳥?」とは思ったけど。



刺激を受けた、というと言いすぎだと思うけど、心の隅をつつかれた気分にはなった。「このまんまでいい?」て聞かれた気もする。

昔から絵を描いたり、何かを作るのは好きな方だったと思うけど、しょっちゅうやるほどの趣味でもなく、特に勉強するでもなく、ここまで来てしまった。

でもここらで、もう一度やり直してみたいなぁと思っている。それは単なる逃げじゃないか、とも思う。事実、思うだけで実行に移せてないし。描きたい絵はあるけど、手が動かない。

でも、今日の展覧会で、作ってみたいな、と思った。動いてごらん、て言われた気がした。
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これぐらいのこと。
2005/08/23(Tue)
公務員の合格発表でした。どれだけ夜更かししても、お酒飲んでも、10時(HPでの発表時)過ぎには目覚めてました。

結果は、不合格。

すべてをかけ(た気になってい)た2年前より、ショックは少ない。なぜなら、この職業が全てではないし、自分に自信がついたから。ここまで成長させてくれた、予備校のメンバーには、とても感謝している。

そう、多くの職業の中の、たったひとつ。それに落ちたぐらいで、自分を否定された気になっちゃいけない。

私にやりたい仕事なんてない。だから深く踏み込めない。「いい人」どまり。企業はそれを見抜く。だから落ちる。その繰り返し。それだけ。

それでも、やっぱりぐらつく。それが単なる開き直りだってことを、自分でわかってるから。

内定のひとつも取れない人間が、えらそうに語ったところで、遠吠え、だ。

企業研究も、OB訪問も、自己分析もろくにできないってこと。なにが「頭がいい」だ。ほんとに頭がいいなら、結果がでてる、はず。

私は自分を守ってるだけかもしれない。自分を好きになることとは、違うのかなぁ。

やっぱりまわりの目や基準が気になる。ほんとに大事なのは、自分が自分をどう思うか、なのに。



今週末面接をする企業は、「普通にやれば誰でも内定をもらえる」ところらしい。

そういうところでしか内定もらえないんだろうな…と考えてしまう自分がいる。贅沢いうな、と思う。
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たよってしまう。
2005/08/22(Mon)
頼っていいはずの人たちには頼れなくて、一番頼っちゃいけない人に、いけない形で、頼ってしまう。

気持ちを利用してしまう。

自分がみにくい、と思う。弱ってしまう時期だから、なんて言い訳もむなしい。

自分を責められない。心に言葉が浮かばない。たぶん、あきらめてしまった。今までにも、同じようなことを何回もやって、そうやって私は安定を保ってきた。

もう、しょうがないね。そうやって、つきはなしている自分が見える。

あんたは、ずっと、そうやって生きていくんでしょう?

開き直ることと、あきらめてしまうことは、ぜんぜん違う。

もうすこし、じかんをください。じぶんで、はいあがれるように。
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合格発表は、恋愛と、似ている?
2005/08/20(Sat)
もうすぐ某公務員試験の合格発表です。私は2年前にも受けて落ちてるので、もう不安で不安で仕方ない。

あれ、落ちて何がショックかというと、「受かった場合は…っていう夢が見れなくなる」ところが一番ショックな気がします。

みんなに祝福してもらえたり、春に向けて新しく部屋を探したり、同期のみなさんと会ってみたり…というイメージが、抑えても、出てしまう。どんだけ妄想はげしいねん。今からイメージトレーニングしても遅いっての。

それが、自分の番号がなかったときに、全部ぱぁ、になる。可能性が、ぜろ、になる。これはかなりきつい。私にとって。

書いててふと思ったけど、これ恋愛にも言えないかな。

桑田乃梨子さんの「月刊1年2組」(白泉社)
実家にあるやつなんで、内容はうろ覚えです。主人公は思い人とずっと「ケンカ友達」の位置に居て、「もしかして」って思ってるけど、断られたら…と思ってずっと告白できない。しかし、ある雨の日ふとしたはずみで告白してしう。でも、あっさりふられる。
そのあと、彼女は友人にこうもらしています。
「私が告白したくなかったのは、『断られるかも』っていうより、『もしかして』っていう夢が見れなくなるからだったかもしれない」


対象そのものより、「もう夢は見れないんだよ」って言われることの方が、つらい。

私はあのひとにたいして、もう夢は見れないけど、それでも、それ自体はあまりなげいてない。「好き」だと認識できたことが、自分にとって、自信になっている。

今回の試験にも、同じように、接することができればよいけど。何日か前の日記で書いたように、「落ちても仕方ない、他の仕事でもやってける自信がついた」と思えたから、前よりは、落ち込まないと思うけど。

無理やり恋バナにつなげたかも。

なんでこんな話をしたかというと、今から集団面接の練習を一緒にした皆さんと飲むからです。「合格発表前に飲んどけ!」ってノリです。久しぶりに会うので楽しみ。
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会いたい、と思うけれど
2005/08/18(Thu)
あのひとのことを思い浮かべる時間が少なくなった。少し時間がたったし、私は熱しやすく以下略な性格だから、仕方ない。他に考えることも、やることもたくさんある。

むかしむかし、あのひとに会うのに、私は理由を作った。というか、作らずとも理由があった、ような気がする。

これこれこういうことがあって、こう思って、でもこう考えたんです。私、成長してますか?と、話をし、反応を見た。言葉を待った。このひとは、私を成長させてくれる、という確信があった。他の人にそういう要素は見出せなかった。

いま、あのひとに会いたいと思うけれど、理由がない。話したいことがない。あるといえばあるけど、「それをあのひとに話してどうするのだろう?」と考えてしまう。

もしくは、「そういうことを、俺以外の人に話さないの?」と思われそうで、嫌だ。うんざりされたくないなぁ、と思う。

あのひとでなくても、私は成長していけそう、と思えるようになった。そして、たぶん、あのひとはそれを期待している。

でも、会いたい。会ってどうしたいかはわからない。

5年前と状況は変わって、あの人の私に対する感情は、期待できない、とか、今日また学校に行けなくて、ちょっと自己嫌悪だったり、とか、そういうことも、連絡を取りにくい要因になっている。

それでも、会いたい。走り出してしまいそうな衝動ではなく、静かに、思う。
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「どうしたいの?」という質問が苦手です。
2005/08/17(Wed)
おそらく、もともと大学院というものが自分に向いていなかったのだと思う。

大学院で、論文テーマを(卒論とは)変えようと模索してた最中、繰り返されたことば。「あなたがどうしたいのかが見えてこない」

こういう方法を考えたんですけど…と私が話をもってくるたび、「目的」を指摘されて、私は立ちすくむ。

辛かった。そんなの、私にはなかったから。あなたが「こういうテーマはどう?」って言ったから、色々考えてるんじゃないか。と、思っても、これが大学院というものだから、と何も言わず、私は部屋に戻る。そして、学校に来なくなる。1年生の間は、その繰り返しだった。何でもいいから動きなさい、と言われても、私は何もしたくなかった。アルバイトの方が、よっぽどやってることが明確で、楽しかった。

卒論のテーマをそのまま続けることには、抵抗があった。少なくとも、自分のしたいことではない気がした。ただ、その「目的」にそって計画を立てるのは楽しかった。

目的を与えられれば動けるけど、目的から考えろ、と言われると、どうしていいかわからなかった。

自分で疑問点が浮かばないし、浮かんでも解決するために何かするということができない。思うだけ。思いっぱなし。

これは就活においても似たようなものだった。「志望動機」を聞かれても、「興味がある」以上に何も言えない。とにかく働かしてもらえないかなぁ、と思っていた。とにかく受かって、働きたい。

「働きたい」とは思えても、「どう働きたい」っていうのが、あまりない。「こうしたくない」というものはあっても、とにかくこれがいい!というのは、ない。

だからかもしれない、選考にはどうしても最後まで残れなかった。一次面接は笑顔と会話で乗り切れても、最終面接ではさようなら。

たぶん、私は、フリーターに向いてるんじゃなかろうか、と思えてきた。やりたいことを探す時間があれば、目の前の仕事を片付けていたいと思う。

まわりの皆が、内定をもらう中で、私はとてもあせっていたけど、もうどうでもよくなった。

就活をしてわかったことは、「自分なりのカラーを出さなきゃ残れない」ということ。でも、私には自分なりのカラーがあるとは思えないし、カラーを作ることに興味はない。

私には、世の中を乗り切っていけるだけの力がある、はず。それだけでもう十分だ。



このへん(どのへんだよ)の話を書くと、話があっちこっち行く。

・親への態度(反抗するぐらいなら、最初から会話しないようにしてしまう傾向)

・大学院にいい加減な理由でいってしまったこと(新卒が欲しい、とか、実家に戻りたくない、とか)

・代わりのきく存在でありたい、と思うこと

・自分で問題を見つける研究者より、その研究者のパシリの方がいいと思うこと

(↑今日はたぶんこの話だったと思うけど…自分でもわからなくなった)

などなど。

今日は特にうまく書けなかった気がする。テーマをしぼれなかったので。しかも無駄に長い。
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なんとかなる/立ち位置
2005/08/16(Tue)
昨日は、いくつか要素が重なって、黒い感情が吹き出そうだった。ただ、出てくることは予測できていたし、その日をやりすごせばなんとかなると思った。

頭の中にその黒さが広がりそうな瞬間が、わかる。これは私にとって、珍しい。

そして、言葉にならないものを、言葉で諌めようとする。

自分の過去の行動で、今「痛み」を引き受けているのに、それを理不尽に感じてしまっている。違うよ、いま痛みを引き受けることを選んだのは、他でもない自分自身だ、と繰り返し言い聞かせる。

すると、黒さがすっとひいてしまった。自分でも驚く。

何度も付き合ってきた感情だから、自分の思考回路もだいたいわかる。だから、こういう対処ができたのかもしれない。

ひとりだから、ひとりでなんとかするしかない、って思えたのも良かったのかも。

頼れる場所、頼れる人がいるのは、諸刃の剣。いざというとき、一人でたちあがれない危険性をはらんでいる。要は、頼り方の問題。

+++++++++++++++++++++++++++++++

「一番の友達」だと相手が思っているかどうか、なんて、永遠にわからない。

「親友だよね?」って聞いて帰ってくる答えが真実だとは限らない。

でも、目の前のこの人にとって、私が、少なくとも「簡単に切り捨てられない位置」にいるだろう、と思える瞬間がある。

ナンバーワンでも、オンリーワンでもないだろうけど、ベスト10くらいには入ってるかなっていう感覚。

そういう立ち位置でいられる自分がちょっと誇らしくなったりします。



「受信」の方はだいぶうまくなってきた、と思う。次は、「送信」の方ですな。
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アニメ『巌窟王』について
2005/08/14(Sun)
ブログタイトルについて書いてみる。

元彼氏さんの友人に、アニメ好きの人がいる。きっかけは忘れたが、彼氏さんにくっついて彼の家に行き、月1のペースでアニメを見せてもらうようになった。

フリクリ、ラストエグザイル、プラネテス、灰羽連盟、…それまで見せてもらったものも、お勧めなだけあって面白かったが、とくに『巌窟王』は印象的。

これは『モンテ・クリスト伯』という19世紀フランスの作品が原作。主人公は将来を約束された船乗りだったが、仲間に裏切られ牢獄に入れられ、婚約者を奪われた。しかし、あるきっかけで大富豪となり、牢獄を出た彼は名を変えて裏切り者達に復讐を始める…というもの、らしい。

原作では主人公を中心として話が進むが、アニメでは復讐相手の息子の視点から話が始まる。アルベールは政治家と美しい妻の間の一人息子として裕福に暮らしていたが、なんとなく毎日に退屈している。ひょんなことから「モンテ・クリスト伯爵」と名乗る男に出会い、今までになかった魅力に取り付かれていく。「それ」が壮大な復讐計画の始まりだとも知らずに…

話もすごいが映像もすごい。第1話は酔った。どっちが服でどっちが背景やねん!ていう感じ。うまく言えないので、見てくれたほうが早いのでは。しかし、建物や服のデザインが凝っていて、(中世の貴族世界…か?時代設定は近未来らしいが)、美しくて、見ていて飽きない。オープニングがセピアっぽくて、ゆったりした音楽が流れているも不思議。エンディングは激しすぎ(絵、音楽ともに)。これ、普通は逆じゃないのかなぁ。そうでもない?

で、このエンディング後の次回予告で、アルベールが「待て、しかして希望せよ!」と言う。このフレーズが、いつも耳に残っていた。

とはいっても、「しかして」って言うところがかっこいいなぁ、ぐらいの印象である。「しかして」は順接の接続詞(そして、と同じ)。ただ、一瞬逆接に聞こえる音のせいか、私には「それでも希望せよ!」という風に聞こえる。

「自分に自信がない。おかげで就職は決まらず、将来は不安だらけ。それでも、じっと耳をすまそう。大切な人が発する言葉に。自分のうちにある声に。そして、希望せよ、そうすれば、何か見えてくるかもしれない。」そんな気分で、ブログタイトルにこの言葉を選んだ。待て、を入れるとくどくなりそうだったので省略し、やわらかさを出そうと全部ひらがなにして、今に至る。

原作を読まないまま、現在第12話まで見ていて、やっとモンテ・クリスト自身の口からこの言葉が出てきた。まだ、その言葉を語るに至った経緯は知らない。これから明かされるのだろう。楽しみである。

…なんだがただのアニメ紹介になってしまった。紹介は苦手だ。これで興味を持ってくれる人がいればいいのだけど。



ちなみに現在はサムライセブン、サムライチャンプルー、トップをねらえ2、を見せてもらってます。この間はスピードグラファーも見せてもらいました。

これだけのものをちゃんとDVDで購入して、何回も繰り返して見ている彼は、繊細な心を持ち、おしゃれに余念がないセンスある男です。彼氏さんとは別れてしまったのですが、彼とは何らかの形でつながっていたいなぁ。

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みずはたいせつ。
2005/08/12(Fri)
おとつい、昨日と海に行ってましたが、今日は湖に行ってきました。調査バイトです。

波が打ち寄せる音が、とても久しぶりで、気持ちよかった。(実は海の調査では、海水浴場まで行ってないので波の音なんて聞いてなかった)

水の音は、ヒトを安心させてくれる気がする。生まれる前は水の中にひたってるわけだし、海から命は生まれたし。

なんてふっとんだことを考えてました。

私は自分から外に出るタイプではなくて、こういう機会にいつも「ああ、外に出るって大事だな」と思うのですが、結局内にこもるくせは直らず、今に至る。今すんでいるところは、ちょっと足を伸ばせば、素敵な場所はたくさんあるのに、もったいない。

こんなんだから、考え方が不健康なのかしら。



忘れないうちにメモ。真駒内のジェラート屋さんはおいしい!通いたい!
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手段か目的か。
2005/08/11(Thu)
かもめのジョナサン。

「リトル・ターン」の訳者(五木寛之さん)あとがきで、この本の話が出ていたので、気になってた本。

リトルターンは飛べなくなった鳥がその理由を考えていく話。こちらは、食べるための飛行ではなく、飛行そのものの魅力にとりつかれ、ひたすら「飛ぶ」ことを追求する話。

ジョナサンは食べることを忘れ、飛ぶ練習ばかりやっていた。そして、高く、速く飛べることに満足するだけではなく、「このすばらしさを仲間にも」と思い、かもめたちが餌をあさっている中を弾丸のように飛んでいく。しかし、食べるための飛行しか認めない仲間達から異端扱いされ、追放されてしまう。彼はひとりになっても、もっと速く、もっと高く、と努力し続ける。ある日、白く輝く鳥が彼を導いて…というところが第一章。

ここで「彼は飛ぶことを追求したすばらしい鳥でした、おわり」ではなかったので、意外だった。

しかしこれ以降の話は、読んでのお楽しみ、としておこう。考えさせられる話ではあるが、脱線してしまいそう。

ジョナサンは飛ぶことを「目的」としている。なぜなら、それがすばらしいことだから。重要だから。歓びだから。もっと飛べる、もっともっと。



最近あるひとに言われたことば。

「楽器がうまくなるのが目的か手段だったか、の違いだよね」

私にとって、楽器は手段でしかなかった。「人に認めてもらう」ための。うまくなるのが楽しいとは思わなかった。「音がよくなったね」と言われて初めて、楽しかった。

だから、練習に身がはいらなかったのかもしれない。どうあがいたって、「義務」だから。

多くの人は、楽器が目的だったろう。うまくなることが楽しくて、うまく演奏することが楽しくて。

あの集団で私がずっと持っていた違和感は、そこにあったのかもしれない。

うーん、ホルンが好きだって言ってた私はどこに行ったのだろうか。
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見知らぬ人に声をかける。
2005/08/10(Wed)
今日は海に行ってきました。といっても、遊びではありません。お仕事です。

うちの研究室では、部屋(もしくはフィールド)に行ってひたすら作業、という研究もありますが、「そのへんの人にいろんなことを聞く」という研究もあります。いわゆる、アンケートです。

今日は某海辺で、来る人来る人に「アンケートお願いしま~す」と言って回るお仕事でした。家で書いてもらうアンケートなので、こちらの身分と研究内容を話し、納得してもらえば封筒を渡すだけ。

一緒に行った先生は海水浴場へ、私はビジターセンターへ。

私、この「見知らぬ人に声をかける」ことが苦手です。得意な人っているのか知らんけど。

人の少ないビジターセンターに行くと、観光客っぽくもない怪しい人が入り口付近でスタンバってて、出て行こうとすると突然立ち上がって「すいませ~ん、ちょっといいですかぁ(笑顔)」

逃げたいよ、私だったら。

で、私は基本的に、どんな場面でも「拒否されること」が嫌い。たとえ誰にも断られずに300人くらい「アンケート?いいよ♪」って反応でも、301人目で「(え?何この人、アヤシイ人かなぁ、っていうかめんどいわぁ←もちろん想像です)…いや、いいです」って反応されると、とても落ち込んでしまう。情けない話ですが、本当です。その可能性を考えると、なかなか声をかけられません。かけますけど。仕事ですから。先生の研究ですから。

最初は「仕事だし!」とわりきってどんどん行けても、途中でふと気が抜けると、立ち上がるのもおっくうになってしまう。(そう、感情のコントロールが苦手なのでした)今日はあまり人が来ず、気持ちよい場所だったので、ぼーっとする時間が多かったのもいけなかった。スイッチがOFFになりそうでした。

とはいえ、断る人は一人か二人で、あとは皆さん好意的に協力してくれました。ああ、ありがたい。

みなさま、観光地や公園や海や山なんかで、学生さんらしき人が「アンケートお願いします」って行ってたら、(もちろん内容は聞いた方がいいですが)できれば協力してあげてください。それが大事な研究材料になるのです。ぜひ!

明日も同じ仕事をします。場所はちょっとだけ違いますが。先生いわく「ビジターセンターより人少ないから本もっていきな」だそうです。
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バランスとりたい。
2005/08/09(Tue)
この4日間を一言で言うと、自業自得だった。

特に理由もなく気分が沈み、やるべきことをやらず、その結果(後ろめたいから)やりたいこともやれず、ただ時間がすぎるのを待っていた。

今日は学校に行って、昨日やるはずだった仕事をこなしたけど、うん、ちょっと、いやかなり、遅すぎたかもしれない(そもそも昨日の時点で遅かったのだが)。

以前ならそういう日々をすごした後、嫌な嫌な気分になった。なんて私はだめなんだろう、って。だから余計外側に気持ちが向かなくなる。一度休むと、次に出てくるまでとても時間がかかった。

今は逆だ。ちょっと嫌だな、と思うけど、「でもまあしょうががないか」と思うようになった。これはいいことなのかもしれないけど、開き直りすぎて、休むことを正当化してしまう。計画は進んでいて、投げ出せなくなっている。私がやらないことが、他の人の迷惑になってくるのに、だ。

今の状態は、正直、自ら望んだものではないことを自覚しているから、「やらないこと」に後ろめたさを感じなくなった。始末が悪い。

私は感情や、やる気などのコントロールがとても下手だと思う。すごくやる気がある時と、何もしたくないとき。自分を責める時と、開き直るとき。極端から極端にはしる。

せめて、その感情の起伏を、リアルタイムで感じ取れるようになれると、いいのだけど。いつも、気づくのが、遅い。もうすこしがんばりましょう。
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演奏会に行ったので。
2005/08/07(Sun)
昨日は友人が所属している金管アンサンブルの演奏会に行ってきました。

彼女の音を間近に聴ける機会は少ないですが、聴くたびにうまくなっていると思います。どこがどう、と言われたら困りますが。ソロをあんなに堂々と吹けたっけなぁ。なんというか、精神のたくましさが音に出てきたっていうか。もとからかなぁ。えらそうに評論できる耳ではなかった。

クラシックの演奏会に行くと、記憶がよみがえる。オーケストラにいたころの。

楽器を吹くのは好きだったけど、練習は嫌いだった。現役時代は、それすら自覚がなかったから手に負えない。どうしていいかわからなかったし、どうしたらいいかを聞くこともしなかった。わからなくて、わからないことに真摯に取り組もうとしなかった。適当にやれば、なんとかなる。そこに音楽なんてなかった。

で、当然の評価を下された。

それに加えて、辛いことがあった。音楽をやっている集団に嫌悪感を覚えた。みんなが敵に見えた。逃げるように退団した。そのくせ、寂しがりやだから、ときどきつながろうとして、そのくせ拒否をして、かかわったあとは後悔して。

私は、あの人たちが好きだった。でも、音楽に対して不誠実だった。前提で同じ気持ちになれないなら、友人と同じように付き合えないことが、当然だと思いつつ、とても悲しかった。

楽器を始めようと思えば、始められる。私のホルンは、部屋の隅で、ほこりをかぶって、それでも待ってる。「売ってしまおう」と言いながら、理由をつけて、まだ手許にある。完全に切れるのが怖い。

でも、吹き始めたら、私はまたいろんなものと向き合わないといけない。音が聞こえない。音程がわからない。みんなができて当然のことが、私にはできない。置いてかれる。追いつけない。遠すぎる。

それはぜんぶ、私の「怠け」によるものだから、当然。

怠けて辛い気持ちになるなら、最初からやらなきゃいい。そう言い訳をして、ずっと逃げている。

一番かわいそうなのは、吹き手のいない我が家のホルンだ。このままではいけない。
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教育実習のことなんですが
2005/08/05(Fri)
※この日のことは、
前半の内容がたいしたことないので削除しようと思ったのですが、
教育実習をリタイアしたことをきちんと残しておくために、
後半は残しておきました。

教育実習のことなんですが、
私、教員免許にこだわってなくて、単位足りないの確実で、
科目は高校生物なんですが、実は当時は物理化学選択で、
大学は農学部だけど研究室はあんまり理科ちっくじゃなくて(社会学に近い?)、
不安要素満載です。
とりあえず、高校生物の教科書でも読み始めようかな、と思ってます。
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公務員面接終了。
2005/08/03(Wed)
集団面接のあと、しばらく時間があいて、個人面接でした。

綺麗に玉砕しました。が、悔いはありません(ほんまかいな)。

途中まではうまくやれたと思ってます。ただ、個人面接の最後に専門知識を問う(技術職なので)質問を立て続けにされ、「興味あるのに勉強してない」ことが露呈しましたが(あかんやん)、それが理由で落とされても仕方ないかぁ、と。

今は「私あれだけやったし、自信もてたし、他の仕事でもやってけそう」という気持ちが大きいです。そんな気持ちを持たせてくれた人々に感謝、感謝。

自信を持てたこと、について、少々。某予備校の友人達に言われたのが、「頭いい」「言葉をたくさん知ってる」「頭の回転速い」という言葉。

これ、今日集団面接一緒に受けた人にも(後で)言われたんです。

別に自分が特別頭いいとは思わないけど(基本的に勉強嫌いやし)、たぶん、質問されて、(まったく知らないこと以外なら)ぱっと答えられるあたりが、そう思われているのかな、と。某友人には「ryoちゃんはけっこう何でも(うまく)やれちゃうからね」(ちょっと記憶あいまい)と言われたこともあった。それも、いいことだと自覚できるようになった。

うん、で、まあ、頭いいんだったら、フリーターとか、別に今までの勉強や経験が生かせなくても、食い扶持をかせぐ分にはやってけそう、という結論に達したのですよ。今までも考えとして持ってたけど、それが確かな実感に変わったという感覚です。

いやでもやっぱ受かりたいけどね!(本音)

うそついてごめんなさい。
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あと2日だから。
2005/08/01(Mon)
大きな失敗でも、笑って受け止めよう。

いいことがあったら、大げさに喜ぼう。

いいコンディションに持っていくために、今は自分を甘やかしてみよう。

(もちろん怠けるのはだめだけど。)

ということで、私のことをリアルで知っている人は、今日から明日にかけて、励ましやお褒めのメッセージを下さると、調子にのって木に登ります(嘘です)。

もうあとは、私が自信を持つしかないから、ね。

ピンクの紫陽花はっけん。050731_1653~02.jpg

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