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無料カウンター しかしてきぼうせよ。 おもうこと。
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淡々。
2010/08/13(Fri)
過去ログを見返す気にもならないほど、今の私は「感じる」ことを避けている。

すごくショックを受けたり、一生懸命考えたり、ちょっとしたことがすごく幸せだったり。

そんなことがあった記憶は残っているのに、喚起されない。




2年ほど前の冬に、社内の人と結婚をした。

仕事は辞めない、名字も変えない。

仕事をする自分に、特に変化はないと思ったが

結局戸籍は変わるのだから、女性は変える時も変えない時も色々手続きが面倒だ。


結婚生活を続け、2回目の春になった。仕事内容が変わった。

会社の体制が変わり、さらに今年ならではの仕事も重なり、

日々は仕事一色だった。

今はやや薄まっているものの、やはり業務量は多い。慣れてないから、余計に。

家の中はピークを過ぎたものの、今も荒んでいる。




今たしかに仕事は大変なのだけど

日々は穏やかに(そして颯爽と)過ぎている。

だいぶ定期的に休めるようになったので、

延ばし延ばしにしているプレゼントを、そこかしこに送ろうとは思っている。



さて、本題。

(とりあえず)仕事の面で、私はたぶん当初からの課題を解決できていない。

「自分のこととして考えるように」

たぶんいろんな言葉で、いろんな人が私に忠告してくれていたけど

どうも自分はこれが苦手で苦手で仕方ない。


やっと最近、その意味がわかってきたくらいだ。

皮膚の上を水が滑って行くようにしか、たぶん、取り組めていないのだ。

みな、その水を飲みこみ、自分の体液としている間に

私は口をぎゅっと結んで、ただただ同じ水をかぶり続けている。



なんとなくリハビリのようにこの文章を書いているけれど

まるでピンと来ない。

これは重症だ。

少なくとも、自分のプライベートな文章を書いている時は、私は満足していたのだから。

どうしようもなく落ち込んでも、自分を傷つけ(るふりをし)ている時でも

字を起こしているときは、何か見える気がした。


今は、こういう文章も、かっこつけているようで、しっくりこない。

今までもかっこつけてたのかもしれないけど。

それに気付かなかったのかもしれないけど。

かっこつけに感じることが、成長していることだとしたら良いのだけど。

そんな予感はしない。



先日、久しぶりにあの子と話をした。

あの子の向こうに、あのひとが見えた気がした。



でも、今その話を書き続けるのはやめよう。

脳が停止しそうだ。

眠いから、とか、夜中だから、というのとは

ちょっと違う気がする。


明日だったら、書けるだろうか。正直、自信がない。
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系統。
2008/07/19(Sat)
このひとは、なんだか彼に似ている。
この状況は、少しあの時と似ている。

そうやって、むりやり分析しようとして、過去の出来事に振り分けようとしている。

何も解決しないとわかっていて。


そのくせ目の前の御馳走に、あっさり思考を放棄する。
こうやっていろんなものをないがしろにしてきた事実は覚えているのに。
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しごとしようぜ。
2008/05/29(Thu)
「辞表は、新たな道を見つけた時に書くものだから、そんな簡単に言う言葉じゃないよ」

…そうです、はい(納得)。



人様に迷惑をかけた、と思った時に消えたくなる、簡単に言うと仕事を辞めたくなるのは、
周りに指をさされる状態が怖いから。
周りに指をさされる自分を認めたくないから。責任感ではなく、自分可愛さ。

やれることをやる。方法を考える。
誰かに頭を下げたりなんて話は、もっと上の人の仕事で、もっと先の話で。


「なんで私がこんな目に!」なんていけしゃあしゃあと思えるうちは、まだまだ大丈夫。

自分はミスだらけだと思うし、それはその通りでも、実はミスだらけと言えるほど仕事してない。
つまりは、やるべきことはたくさんあるのだ。


おんなじくらいやりたいことだってあるはずだ。


ほら、大丈夫。一日やすめば、私はまだがんばれる。

仕事へのモチベーションは基本的にネガティブな出発点から来ているけれど、
だいじょうぶだ、と心から言える瞬間があれば

わたしはしあわせものだ!
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把握する。進む。
2008/03/28(Fri)
たぶんあなたは、躁状態になるときと、鬱状態になるときがある。

大学院生の時、カウンセラーの先生にそう言葉にしてもらえて、少し落ち着いた。
私が今現在の定義で「躁」や「鬱」に入るかは、さておき。
言葉というはっきりした輪郭を与えてもらえることで、自分の状態をつかめた気がしたから。

(ただし、言葉は輪郭をくれるだけ。意味に飲み込まれては危険。)


社会人になって2年。私は相変わらず自分の気分に振り回されっぱなしだった。
プライベートならまだしも、仕事で。
つい先日も、単純に自分のミスが原因なのに、
1週間ほどかけて考えた「案」が根本から台無しにされた気分で
その後の私の受け答えといったら、もう。


私に必要なのは
嫌な気分になったとき、すばやく「嫌だ」ということを知ること。冷静になれるはず。
不機嫌な顔を見せたり、暗い声を出したり、しばらくろくな作業ができなかったり、しないはず。
癇癪を起こさない、ということなんだけど。


この1年間は、特定のあることに対して、
自分が「嫌だ」と思っていることがはっきりしていて、
その感情に飲まれることもあれば、なんとかコントロールしようとしている自分もいて、
一進一退。

つぎの1年間は、もう少しこの範囲を広げたい。
自分を否定された時は、しゅんとしてもいいから、不機嫌にはならない。
時間をかけた時は、それが報われない可能性をしっかり考える。
自分の手の及ばない範囲を知ったら、手をかけられる範囲を探す。

そして何より、自分のいま受け持つ仕事は
自分の好みや努力を反映させる必要がないことを知る。

そうしたら、純粋に自分のわがままで、頑張れるから。
報いを期待しないから。
否定されても、嫌な感情になっても、それは当たり前のことだと思えるから。

これは悲しい結論ではなく、自分の力を正当に出すために必要なのだ。



ただ私は、「いないよりはマシ」だと思われたいのだ。
「いるだけムダ」と思われているようで、時々、しんどい。
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新たに。
2008/01/02(Wed)
諸事情で、パソコンを手放していたので、しばらく日記の更新ができませんでした。

26歳の誕生日を迎えた今日、新しいパソコンを買いました。

昨年は、絶望的な気分で年越しをやり過ごしました。
欲しがってはかなぐり捨てたり、諦めらた目をされたり、
それでも望まれたり、嬉しかったり、やっぱり悲しいことがあったり、
いらいらしたり、嫉妬したり、ずっと沈んでいたり、でも楽しいことがあったり。

いつものとおり、色んなことがあった年でした。

今年は、とても穏やかな気分で年を越せました。
体重は穏やかじゃないけど…(泣)

昨年は、大変お世話になりました。
今年も、どうぞよろしくお願いいたします。

取り急ぎ、ご挨拶まで。
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